「国際レベルのインダストリアルハイジニストを目指して」

     各国における安全衛生資格等の実態

 

                  東 敏昭(産業医科大学産業生態科学研究所作業病態学)

1.産業保健専門職を取り巻く情勢

 産業保健活動の国際化、標準化とは「最も適切に働く人の安全と健康の確保を目指すための国境を超えた規範化」であると考える。この規範に基づく産業保健活動の適切な展開を、必ずしも経済的合理性と矛盾しない形で可能とするものが、産業保健専門職の技能であろう。各国の習慣・文化、各国民の望むもの、社会情勢、各国の経済上の発展レベルなどの相違の中で、その時点における至適な対策を提示、実行する技能である。

 特に高次専門家に必要とされる具体的な能力は、深化と同時に総合的な判断を求められることから広範となってくる(図1)。米国のAIHAAmerican Industrial Hygiene Association)も、今後「専門家に求められるものは、規制を熟知し遵守できるだけの技術ではなく、問題を把握し、重要性と優先度を判断し、解決するための最善の方法を提示できる知識・技能である(www.thesynergist.org, 2000)」と論説している。つまり、既存の規格を疑問なく遵守しうる人材ではなく、合目的的に解釈し、創造性を発揮しうる人材であり、このための人材育成、教育、認証の国際的仕組みの必要性が提言されている。

   周辺環境: 産業の高度化・多角化・国際化  企業活動の国際化と競争基盤の整備、人権保護

            ↓

対応課題: 基本的事項を標準化した国際的共通ルール(OHS/MS)  規制遵守型から問題解決型

           ↓

活動方法: 情報の活用・自主的産業保健・労働衛生活動  知識産業としての機能

           ↓

根拠と評価の確立: 専門知識と技術・判断能力・リサーチ能力の重要性  専門的職能の確立 

           ↓

  人材育成: 高次専門家教育・育成システムの必要性  基礎から生涯にわたる教育・訓練

図1.高度専門家育成の必要性の背景

2.各国の専門職の資格・認証の状況

 産業保健分野の専門職の職名、要求内容及び認証のあり方は、国によって異なっている(表1)。産業医以外の高次専門家の資格ならびに業務独占等については、日本のみが法的になっている。国家が現場での産業保健活動の実効をあげる「衛生管理者育成・教育」の形は欧州・日本共通だが、アジア諸国での法的義務化は日本の影響と考えられる。高次専門家による牽引が主体となる北米型が南米でも一般的である。南米各国間にも特色があり、特にコロンビアなどでは民間保険会社を組み入れた産業保健サービスを実施するなど社会制度自体が異なる。なお、産業医の選任については、フランス、韓国で法的に義務付けられている。

表1.各国の産業保健専門職の資格・認証の例

米国:

   認定安全専門家(CSP)、認定産業衛生士(CIH)、労働衛生技術者(OHST)、建設安全衛生技術者(CHST)、

   産業看護士、安全技師、その他の専門家(産業医学、環境医学、人間工学、中毒学、産業疫学)

 英国:

  労働衛生士(OH)、登録安全実務者(RSP)、安全工学者、人間工学者、認定産業看護婦、産業心理学者、 

  ソーシャルワーカー等

 ドイツ:

  産業医学専門医、中毒学専門家、産業心理士、労働安全専門要員(安全衛生技師(管理士)、安全工学士、

  安全(衛生)マイスター)、機械安全:アセッサ(オーディタ)、バリデイタ、ベリファイア、デザイナ等

 日本:

   労働衛生コンサルタント、労働安全コンサルタント、産業医、作業環境測定士、衛生管理者、衛生工学衛生管理者、

   作業主任者、産業衛生学会専門医、ヘルスケアトレーナー、ヘルスケアリーダー、産業栄養管理者、

  心理相談員、健康教育士等

米国では、法定の資格は連邦ではなく、州政府のレベルで例外的に存在し、任用も義務付けではなく必要によるデファクト型である。しかし、CIHCSPともにその職能と必要性については広く社会に認められており、取得すると給与面でも2025%程度は高くなり、また、社内でも高い地位につける可能性がある。会社に雇用されている衛生の専門家は約10,000人で、修士学位をもっている人が多く、専門は化学関係が主体である。

3.専門職の登録、認証、資格更新システム 

 国際労働衛生協会(IOHAInternational Occupational Hygienist Association)は、資格の国際共通化を大事な課題の一つと捉え、イギリス、アメリカ、スイス、フィンランド、メキシコ、イタリア、日本について調査を実施した。欧米では、国家が付与する資格の他に、教育機関による学位、公的な性格の強い第三者機関あるいは専門職により組織される団体が行う認証などが社会的に受け入れられている(表2)。日本は国家資格優位、米国・英国は認証優位の傾向がある。欧州共同体では、今後各国間での調整が否応なく進むものと考えられる。また、デファクト型の国では、資格・認証の更新制度があるが、更新に必要な要項が試験、実績報告、講習受講のいずれによるかには差がある。更新の実施は、国際的基準を満たす専門職の資質の保持を担保する観点から不可欠であろう。

表2.先進7カ国の労働衛生士(Occupational Hygienist)の登録・認証の枠組み

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          米国   英国   日本  オーストラリア カナダ  イタリア オランダ

団体名       ABIH IOHA & AIOH CRBOH ICH SCA

BESOH

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設立年  1960 1967 1972 1980 1986 1992 1993      

認証方式     自主認定 自主認定  資格  登録   自主認定 自主認定 第3者認定

認証レベル

 労働衛生士    CIH MIOH 労働衛生 MAIOH ROH CIH ROH

                  コンサルタント

 労働衛生技術士 COHST LIOH 作業環境測定士 _ ROHT CIHT  _  

認定要件

 教育       必要 必要 必要 必要 必要 必要 必要

 経験年数     5年   5年  3年以上  5年   5年   3年   3年

 試験形態     筆記 口頭+筆記 口頭+筆記  面接  口頭+筆記  筆記    _

更新制度     6年毎   実施   なし   なし   5年毎  5年毎  3年毎        

倫理規定      有り   有り   有り   有り    有り   有り 有り

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(www.bohs.org/ioha/cpubs/iohacertsurv.htm IOHA 1995)

4.社会的要請と専門職確立のために重点的に整備すべき内容

 労働安全衛生マネジメントシステム導入は、自主的に潜在的危険への対応を行うためのもので、専門職としての知識・技術に基づく問題解決能力の育成に主眼を置いた高次専門職教育が必要となろう。

欧米の高次産業保健専門家を育成するプログラムでは、有害危険性の予知、評価のためにはストレス、有害物質の性質と生体影響の関連を理解する知識基盤と調査研究能力の付与に重点が置かれている。米、英、独とも大学に労働安全衛生を教育する教室や教員がおり、大学卒後レベルの教育を担当している。日本でも大学の中で高次の安全衛生教育を行う組織的な教育体制を組むことが求められる。

 資格の国際調和と互換性は、これから資格を制度化していく国への援助の観点からも重要と考えられるが、このためには教育内容の共通化も必要となろう。米国では、英国RSPの試験合格者、カナダのCRSPの試験合格者には、CSPの第一次試験を免除するという措置がある。IOHAICOHでもOHSMS導入への対応をふまえたCore competenceの検討を行っている。

 基礎教育並びに生涯研修体系の確立、その職能による便益の提示、社会的・学術的活動団体による調査・研究の推進を通じての知識の集積が、専門集団の社会的認知の拡大と地位の確立には重要と考える。労働衛生コンサルタント、専門産業医、作業環境測定士、産業看護職、衛生管理者の専門職能の高次化には、教育機関・学会・関係団体による教育・研修機能、認証の充実が望まれる。